人生最大の修羅場

466: おさかなくわえた名無しさん 2013/05/02(木) 01:17:29.94 ID:Bd4YgNuH
30年以上前の働くお母さんはまだ少なかった時代 
母は同居祖母との折り合いが悪いこともあって働きに出ていた 
母親っ子だったので寂しかったし祖母は怖かったが母のためと我慢していた 
私が小学校五年くらいのとき、ダミ声の知らない女の人から電話がかかってきた 

「あなた○○さん(母)の娘さん?」 
「はい」 
「あなたのお母さん、浮気してるわよ」 

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11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2007/06/22(金) 00:14:54
仕事が終わり、帰宅途中に嫁から電話が。 
「知らない女が『独身だっていってたのに騙された』と家に乗り込んできた。」と。 
俺は浮気したこともないし、結婚前に付き合った彼女とも愛想つかされて別れたヘタレなんで 
何かの間違いじゃないか?と思いつつ、急いで家に向かった。 
ドアを開けると、玄関に置いてある置物が壊れている・・・ 
中に入ると、お笑い芸人のハルナ似の女が俺の顔を見るなり 
「アンタ誰?」とほざいた。 
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626: 名無しさん@HOME 2013/08/11(日) 16:27:41.11 0
修学旅行から三ヶ月家に帰れなかった。 

中3のとき、父親から虐待を受けてそれをクラス担任の先生に相談したのが 
修学旅行の前日だった。 

修学旅行から地元の駅について解散するところで、わたしだけ列から 
外れるように指示され、そのまま連れていかれた市役所の一室に入ると 
児童相談所の職員がいた。 
そこで何か説明をうけたが混乱していてあまり覚えていない。 


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522: おさかなくわえた名無しさん 2013/05/07(火) 01:22:32.78 ID:YHUGTqch
30~17年前の話。 
5歳の頃、一歳年上のA子ちゃんという子が近所に引っ越してきました。 
うちの近所は男の子ばかりで、初めて近所に女の子の友達が出来て嬉しかったのを覚えています。 
毎日どちらかの家の庭でおままごとをして遊んでました。 
そして私が幼稚園の6歳、A子ちゃんが小学校に上がった7歳の時。 
私が幼稚園から帰ってきて、玄関先(A子ちゃんはうちの前を通らないと家に帰れない)でA子ちゃんが小学校から帰ってくるのを待つってことをよくしていました。 
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399: おさかなくわえた名無しさん 2013/07/15(月) 09:51:57.61 ID:PW4HlZFX
小学3年生の時の修羅場。 
私の父は転勤族で、3年生の2学期に大阪から徳島の小学校に転校した。 
転校生は珍しいらしく、クラスのみんなは初日からよく声を掛けてくれて 
給食を食べたあと5時間目が始まるまで校庭でのドッジボールに誘ってくれたんだ。 
運動は割と得意だったら、すぐに溶け込めて楽しかった。 
チャイムが鳴って友達になった女の子と一緒に教室に戻ろうとしたら 
鉄棒にぶら下がってジッと私を見てる女の子がいた。 
同じ学年かひとつ上か、それぐらいの背丈も似たようなぐらいの子。 
実はドッジボールしてる最中から、私を見てることに気付いてはいたけど 
特に気にしてなかったんだ。 
でもその時は何故か、その目線に敵意みたいなものを感じて 
何だろう?と思って彼女の目線を受け止めてしまった。 
ジーーーーッと見つめてきたからジーーーーーッと見つめ返したんだよね。 
そしたら突然私に向かってすごい勢いで走ってきた。 
まさにイノシシ。猪突猛進って感じ。

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535: おさかなくわえた名無しさん 2013/07/23(火) 07:31:30.52 ID:rVKftjXc
久しぶりに実家に帰ったら家がなかった。 
更地になってる我が家を前に呆然としてたら、隣のおばさんに話しかけられたので事情を聞くと 
我が家の経済を担っていた私が失踪してから、毎日夜遅くまで大喧嘩していたらしいが、ある時二人揃って車で外出し、それきり帰ってこなかったらしい。 
置き去りにされたゲーム廃人でヒキニートな弟は、しばらくお隣でご飯を貰っていたらしいが 
流石にいつまでも面倒は見られないと拒否したら、庭の植木鉢を振り回して暴れたのでkにお持ち帰りして貰ったと言われた。 
ちなみに今回実家に戻ったのは、結婚が決まったので様子を見るため。 
浮気性パチンカスな父と寄生体質長男マンセーな母に上記の弟を、二年計画で捨てた私の決断は間違っていなかったようだ。

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265: おさかなくわえた名無しさん 2013/04/23(火) 01:10:25.53 ID:VZz5c4Gd
一般的に修羅場と言うには違うかもだけど、私達夫婦にはまごう事無き修羅場。 

円高の恩恵で格安で大好きなバリ島を再訪した時のこと。 
安いのでオプションをフンパツし、「スパ&民族ダンス&ディナー」を選択。 
スパ=ちょっとしたマッサージ&温泉施設だと日本人バリバリの感覚でお気楽に。 
なのにバリのスパはガチンコのエステ(?)だった、しかも超絶ハイレベル。 


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298: おさかなくわえた名無しさん 2013/04/24(水) 03:07:49.65 ID:Vu9XW4GV
もう数年も前だけど、忘れられない修羅場。 

小雨の降る朝9時頃、何やら男性の大声で目が覚めるも、気にせず布団に包まってた。 
すると突然玄関が開く音がして声が大きくなり、わ゛ー!あ゛ー!と喚きながら成人男性が2階にある私の部屋に駆け込んで来た。 
足音が聞こえた時点で、殺されると思って布団の中に頭までくるまった。 
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431: 名無しさん@HOME 2013/04/26(金) 14:52:38.33 0
結婚2年目に貯金2000万を失ったこと 

ある日突然元嫁が消えた 
数日後に離婚調停の呼び出しで俺混乱 
俺のDVが原因による離婚だと説明されるが、一切身に覚えが無くさらに混乱加速 
正直、修羅場中の記憶がほとんどない 

・元嫁が俺からの精神的肉体的DVを受け続けたと主張 
・詳細な日記や打撲の診断書が証拠 
・俺の貯金は結婚後の共有財産として処理 

DVについては完全にでっち上げだったが、やってない証拠をだせずに俺の一人負け 
でっち上げ日記がそれはもう事細かに書かれていたらしく、疑う余地が無い程だったとか裁判所の人に言われた 
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335: 名無しさん@HOME 2013/07/24(水) 10:54:59.69 0
聞いてください。 
つい最近解決したばかりの修羅場のことです。 
長めですがお付き合いくださいませ。 

まず前提の話になりますが私は小説のようなものを趣味で書いていました。 
ようなもの・・・という理由も趣味程度のものなので手記風だったり、ラノベ風だったり 
一般的な小説風だったりとコロコロ変わる書き方。 
恥ずかしい内容のものを書いたものもあったので結婚前も後も妻にも言ったことはなく 
ひっそりとやっていました。 

今回はその趣味が修羅場の原因。 

今年の4,5月、タレントのYさんが不倫でテレビに大騒ぎになっていましたよね。 
私はその報道を見て、「不倫を題材に小説を書こう!」とスイッチが入りました。 
今回はリアルな手記風にしてみるか・・・と資料集めを開始。 
本屋さんに不倫を題材にした小説を探しに行き購入し、女性向け週刊雑誌を買い、 
有名な昼ドラを見て、ネットの体験談を集め・・・。 
予定以上に集まり、それらを参考にPCへ打ち込んでいた小説の進みは非常に良いものでした。 
主人公を自分の名前にし、不倫相手は実際にはこんな人おらんやろ!というくらい自分の希望を 
詰め込んだ人物像にしたので、元来想像力逞しい私は架空の人物にハァハァと興奮。 
傍から見ればPCを見てニヤけているのは大層気持ち悪かったと思います。 
途中何度か妻に何してんの?と聞かれることはありましたが「面白いサイト見てるだけ」 
とそれらを載せたHPやブログを見せて一緒に笑い、「ちょっとエッチな画像みてた」と 
言ったときは軽く叩かれはしましたがそれで終わりました。 

ですが・・・妻の不信感は拭えなかったんですね。 
このとき正直に言ってればよかったととても後悔。

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6: おさかなくわえた名無しさん 2013/08/28(水) 23:06:44.45 ID:Ec8rX2nX
許可いただけたんで投下します 
即興ですいません。2つに分けて投下します 

数年前の事、某組織の所有するヘリコプターに体験搭乗で乗せていただくことになりました 
何分ヘリに乗るのは初めてで私は大興奮 
係員さんのヘルメットにヘリのローターがかすめたりするハプニングがありながらも体験搭乗はつつがなく終了 
その後はヘリの整備班長さんの案内でハンガーを見学させていただくことに 

「ここがハンガーです!」 
「このへりこぷたーはこうでこうで!!!!」 
「あ、今離陸したのが〇○という飛行機ですね!!!!!」 

テンションが上がってるのかものすごく声が大きい班長さん。 
するとあるヘリコプターの前で立ち止まりました 
なんでもそのヘリコプターは私達が乗ったヘリのマイナーチェンジ前(?)のモノらしく 
日本ではほとんど現存してないそうで、班長のトーンが上がる上がる! 

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引用元: 今までにあった最大の修羅場 £89

554: 名無しさん@HOME 2013/08/10(土) 22:03:01.49 0
人生の分岐点としての修羅場 

本命の大学受験で電車とバスを乗り継いでいかないといけない大学 
若干方向音痴の俺は時間に余裕を持たせるべく何度も時刻表を確認し、 
駅からは大事をとってタクシーで行こうと考えていた 
当日予定通りの電車に乗り、ゴトゴト揺られながらたまに時間を確認していた 
そして到着予定時刻、電車は目的地の数駅前に到着 
そう、調べる時に駅を間違えていたのだ 
焦るも電車は時刻通りにしか進まない 
1時間の余裕がどんどん消えていく 
やっと目的地に着いたのは集合時間5分前 
駅の構内を駆け抜け、出たのは反対側の改札 
半泣きになりながら来た道を戻り、タクシーに飛び込んだ 
目的地を告げると運転手さんは空気を察してくれ、急いで大学まで行ってくれた 
集合時刻を過ぎ、漸く着くと大学職員の人が慌てた様子で誘導してくれた 
その目の前を通り過ぎる試験会場へ移動する受験生の列 
少し開始時間が遅れていたらしい 
助かった… 
もう間に合わないかもしれないという極度の緊張から解放されたせいか、 
試験はものすごくリラックスして受けられた 

自分で招いた本当に馬鹿な出来事だった 
あの時の運転手さんと職員の人には今でも感謝している

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引用元: 今までにあった最大の修羅場 £86

13: sage 2013/07/16(火) 14:12:47.86 0
15年位前の話。 

当時私は中学生だったんだけど、その頃よく校内に侵入する酔っ払いがいた。 
『ナポレオン』という銘柄の酒瓶を持っていたことから通称「ナポレオン」と呼ばれていた。 
放課後校庭に入り込んで、部活中の生徒に向かって大声で「クズ共が!」「お前らガキは社会のゴミだ!」とか叫んでるだけで大した被害はない。 
面白がってちょっかい出そうとするおバカな生徒がいたが、相手が襲い掛かってきても酔っ払いと部活で鍛えた中学生じゃ差は歴然、ナポレオンのパンチがあたった事はない。 
最初は相手をして追い返してた先生方も、だんだん放置するようになってきた。(ちょっかい出してる生徒に注意はしていた模様。) 

そんなある日、ナポレオンいつもと出没箇所をかえて、体育館にやってきた。手に包丁を持って。 
こうりつく館内、大声で何か叫んでるナポレオン。 
みんないっせいに近くの扉から脱出。幸いにもナポレオンは追いかけてくることはなく、その場に座り込んでた。 
みんながパニくってる間に、起点の聞く子が先生を呼びに行き、部活は中止。足止めしてるから帰りなさいと通知が出た。 

で、ここからが個人的な修羅場なんだけど、私の家とナポレオンの家は隣の集落。 
先輩と二人で帰っていると、後から聞こえる怒鳴り声。 
もしやと思い振り返ると数百メートル後に見えるナポレオン(向うも自転車。しかも結構速い。) 
先生、もう少し足止めしといてよ!!こっちは田舎の田んぼ道が主な通学路。逃げ込める民家なんてありゃしない。 
二人とも無言で自転車を漕いで帰った。 
何もなく家までたどり着いたけど、生きた心地がしなかった。 

この時ほどの修羅場じゃないけど、おっさんがで田んぼに嵌っていたり、”おはようございます”と爽やかに挨拶したら石投げられたりと、要注意人物がよく出没する通学路でした。 

最近小学生が襲われる事件が続いているので思い出しカキコ。

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144: 名無しさん@HOME 2013/08/19(月) 13:08:03.58 0
お盆のとき 
親父と酒を飲んでいるときに 
「昔頭のおかしな女性に追いかけられた」 
という話を親父にしたら 
「あれな、お前を生んだ母さんなんだ」 
と衝撃の告白をされたのが修羅場だった

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368: 名無しさん@HOME 2013/07/24(水) 21:19:06.59 0
吐き出したくなったので場所借ります 
小学3年の時父が前方不注意の車に撥ねられた 
前頭葉の脳挫傷で、救急で運ばれた病院以降いくつかの 
病院でリハビリを受けて1年半後、 
家に帰って来た父は事故前とは別人の様だった、 

手足はリハビリ後はそこそこ動く様になったが、 
体幹がバランス取れない為歩く事が出来ない車椅子生活 
しかし本人は自分が立って居られない事がきちんと理解出来なくて 
トイレに行きたくなったりすると立ち上がって転ぶ 
行動は幼児の様だった、石鹸を食べたり、醤油を飲んだり 
転倒と合わせて意図しない自傷のようになってしまう 
言動は言葉は出るが、問い掛けに対して関係ない答えが返って来る 
感情が抑制出来なく、すぐに癇癪を起こす、 
怒ってる理由が相手に伝える事が出来ないため更に癇癪 

悪いのはCDの入れ替えに注意が行って赤信号無視で横断歩道 
に突っ込んだ運転者なのは判ってても、目の前に居るのは 
変わってしまった父だった 
老人でもない、幼児でも無い40になったばかりの男性が癇癪 
を起して物に当たったり投げたりする 
父は結局事故から9年後膵臓癌で亡くなった 
不謹慎だが当時の俺はほっとした 
父が亡くなって安堵した事なんて母は勿論誰にも言えない 

たまにその頃の事を思い出して不眠がやってくる

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797: 名無しさん@HOME 2013/08/14(水) 15:50:25.09 0
先に書いておくけど「閲覧注意」な展開にはならない。 

昔我が家には大理石のでっかい花瓶が有った。父がどこかで貰ったらしい。 
高さは60cm程、細長い形だが厚みが有ってとんでもなく重い。客間もない建売なので普通に居間の端に置いていた。 

ある日部屋に放していたセキセイインコがその花瓶の縁に止まり、足を滑らせてすぽんと中に落っこちた。 
花瓶の中に足掛りは無く翼を広げる空間もないので自力では絶対出られない。 
小学生だった私は、ぴこ太(仮名)ー!!!!と叫びながら花瓶を抱えあげて逆さにして振った。 
ぴこ太(仮名)は無事転がり出てきた。きょとんとしてた。 

非力な私がどうやってあの花瓶を振り回せたのか今もわからない。

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663: 名無しさん@HOME 2013/08/12(月) 16:14:03.30 0
今はそうだろうけど、昔はそんな事情とか考慮してなかった気がする 
自分の兄は、頭部に大きな傷跡があった為に坊主頭にしなかったら(中学が強制丸坊主) 
学校に親が呼び出されて担任とか学年主任とか生活指導とか出てきてご高説 
「医者に証明書貰ってこい、それまで登校許可は出さん」 
で、親は会社やってたんで証明書代わりに顧問の弁護士先生に行って貰ったら 
その後腫れ物を触るような扱いになったw 
そして自分達の代わりに生徒けしかけて「髪切れよ」と集団で囲んだりしてたので 
父が後援会に入ってた議員に相談したら囲んでた生徒達は完全沈黙 
自分は兄卒業後に入学したけど最初から腫れ物だったw


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628: 名無しさん@HOME 2013/08/11(日) 16:29:41.67 0
祖父の葬式のときに起きた一連の修羅場

祖父祖母が父方、母方と出てくるけど、特に注釈ない場合は母方と思ってほしい。

一応登場人物としては
俺(当時中学生)
兄(当時中学生)

母(長女)
父方の祖父母
母方の祖父母
叔母(次女)

俺が中学生のときに母方の祖父がなくなった。
ある休日の朝、俺が家で兄とテレビを見てると母方の祖母から電話があって、母がそれに出た。
どうも祖父が倒れたとのことで、母は祖母に「救急車呼んだ?」「お隣の○○さんにも連絡して」「すぐ行くから」といったことを話して、俺に「ちょっとおじいちゃんの家にいってくる」といって出かけていった。
ただ、このときは俺も母も兄も祖父が死ぬなんて考えてなかった。
数年前にも似たようなことがあって、そのときは大事じゃなかったので、今回も同じように考えていたんだと思う。

で、母が出てから1時間ほどしたら母から電話が来る。
兄が出たら「祖父ちゃんあんまりよくないから病院に来て」「○○の祖父ちゃん(父方の祖父)が家に行くから、一緒に病院まで来て」という内容を話して、父方の祖父と病院へ。
で、病院に着いたとき、もう母方の祖父は亡くなってた。

人の死に遭遇するなんて初めてのことだし、数週間前に会ってた人物が死ぬなんて思ってもなくて訳がわからないけどとにかく泣くだけだった。
泣き虫だった従弟(当時幼稚園だった)が慰めてくれて、それでさらに涙が出た。

これだけでも相当修羅場だったんだけど、こっから先も修羅場だった。
母方の親戚連中、過去10年ほど人が死んでなくて葬式もしてなかったので大混乱、さらに葬式もすんでないのに遺産をどうしようかという話しも出てきて母方の祖母は寝込んでしまい、長女だった母も半分パニック状態、
父が「お義母さんに心配をかけないためにも遺産の話はしばらく禁止、今はお義父さんの葬式をちゃんとやることだけを考えよう」と言って何とかまとめた。

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626: 名無しさん@HOME 2013/08/11(日) 16:27:41.11 0
修学旅行から三ヶ月家に帰れなかった。 

中3のとき、父親から虐待を受けてそれをクラス担任の先生に相談したのが 
修学旅行の前日だった。 

修学旅行から地元の駅について解散するところで、わたしだけ列から 
外れるように指示され、そのまま連れていかれた市役所の一室に入ると 
児童相談所の職員がいた。 
そこで何か説明をうけたが混乱していてあまり覚えていない。 

説明を受けたあと、有無を言わさず車に乗せられて、 
保護所に入所されされた。 

施設で2週間くらい過ごしたころ、 
夜中に同じ施設に入所していた当時高校生の男子(言い寄られていたがわたしは断っていた)に 
部屋に入られ、服を脱がされたりキスされそうになった。 
施設の職員に助けられたが、その日から何故かわたしまで一週間部屋で謹慎になった。 
虐待で保護されたのに保護された施設で襲われるとはこれいかに。 

その事件があって施設を移ることになり、移った先では平和に過ごしたが、 
高校受験を控えた中学生が授業も受けられず、教師と児相職員がわたしに 
事前に断りもなくいきなり施設に放り込んだくせに、成績にオール3が 
つけられたのが悔しくって泣きそうになりながら勉強しました。

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